フリッカー式 佐藤友哉
暴力を軽やかに行うのは資質が必要だ。
資質がなければ、殴ったり刺したりを日常的に行い、慣れてしまうことだ。
主人公は自分を狂っている狂っていると認識する。
狂っているのはこの物語だ。
壊れていたり狂っていることが賛美されるのか。
自分がどこまでまともだというんだ。
これっぽっちも穢れていない女に落胆してもっと汚そうとするなんて、自分の世界が壊れていたとしても鬼畜なことだ。
この鬼畜もほめ言葉になりそうでまったくうざったらしいことだ。
もっともっと暴力の裏を読めというのか?
わたくしも年のせいか、あけっぴろげな暴力はつかれるのだ。
一線を越えるのは実は簡単。
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